2007年05月17日

イベント目白押しっ(移植3年)5

春になって、そして5月になって、イベントが目白押しなんであります。

まずは4月末には、盛岡のばあば(←娘用の用語ですが、私の母です)の誕生日。

5月に入ると、

母の日(妻のお母さん、盛岡のばあば、ひいばあなど)があり、
妻の誕生日があり、
盛岡のじいじの誕生日があり、

そして、crambon的には、感慨深いですが、
第2の誕生日とも言うべき、移植記念日、があるのです。


ほっとしたころに、
6月には、父の日もひっそりとやってきます。

特に5月は、中旬にみんな固まっているので、なんとも
めまぐるしい気分だったりします。

でも、いいことだらけですからね。

いいんです。

お互いにおめでとうだったりありがとうの

気持ちを交換できれば


今週、迎えるのは、
私の造血幹細胞移植3周年。
血液的には、うまれかわって3歳、です。

主治医の先生から、もともとの白血病(CML)については、ほぼ、再発の
心配はないでしょうって言われてます
目安は移植後5年ですが、

ようやくここまで来たかーという気持ちで一杯です。

なんか、ちょうど3年前には、無菌室にいたなんて、
信じられないような、夢だったかのような、それでも現実だったんだよな、
という思いがたびたび頭の中をめぐります。

いろんなひとに支えてもらってココまできたなー。

ほんと、感謝の気持ち、いろんな人に伝えたいです。

一番は、妻に対して。
3年前の移植、直前には、妻の誕生日を祝おうと、
絶対ダメと言われていたけど、病院の売店まで生花を買いに行って、
隠しておいてプレゼントしました。

リスキーですけど
もう時効だから、いいですよね。
ワタクシも、命がけでした。
(時効といいつつ、既に書いていましたが→無菌室での生活

今年の妻の誕生日に、なにをしたかはナイショですが
我が家らしい祝い方ができたんじゃないかな?
なんて自画自賛

いろんなイベントが盛りだくさんで、忙しかったりして大変ですが、
嬉しいいそがしさ、です。

  
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2005年10月08日

造血幹細胞に関する新技術 ←期待!5

妹から携帯にメールがあって、このニュースを知りました。
リンク先を、ご覧ください。

臍帯血の幹細胞を30倍に  新技術、移植成績向上へ(岩手日報より)

臍帯血移植は、幼若な細胞を使うことから、移植してから生着するまでに時間が
かかったり、成人男性の体格では十分な数の細胞が確保しきれないなど、なか
なか難しいものがある、ということを聞いています。
もちろん、臍帯血移植をして元気になっている方も知っていますが、一般的に
成績は、HLA一致の骨髄移植に比べると良くないということを聞いていました。

しかし、この技術が有効なものとして実用化されれば、かなり広く臍帯血移植、
骨髄移植、造血幹細胞移植の成績があがり、白血病治療に貢献するのでは?
と思って、期待をこめてここで紹介させてもらいました。  
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2005年06月04日

いいこととよくないことと一つずつ

まずはいいことからです。
造血幹細胞移植から1年たっておこなったマルク(骨髄検査)の結果が出ました。
PCR検査という、遺伝子レベルまで見ることができる精密な検査を行っているので
すが、再発していない、とのこと。

 

ほっとしました。

 

もし再発していたら、結果が出た時点で病院からすぐに連絡があると思っていた
ので、外来に行くまで何もないということは問題ないだろうとは考えていたので
すが、それでもドキドキしていたので本当にほっとしました。
診察中に待っていた妻も、心臓をバクバクさせながら待っていてくれてたみたい
です。

 

なにはともあれ、移植1年で再発がなくてよかったよかった。

 

 

次によくないこと、です。
毎日飲んでいるプレドニン(ステロイド)が、増えてしまいました。


GVHDによる肺炎行以来続けている免疫抑制剤の服用について、社会復帰のために
減量をしてゼロを目指しているのですが、今回の採血で肝臓の値が悪化している
ことと、ちょっと息苦しいときがあることなどから、総合的に主治医の先生の
判断で、増量ということになりました。

 

自分としては「うーん増量ですか・・・なんとか現状維持では?」みたいな雰囲気
を先生に伝えようとしたのですが、(面と向かっては言えなかったので・・・)
「ここでまたGVHDで肺が悪くなったりするとプレドニンも何倍も増やして最初から
やり直しになりますから」と言われると、なにも言い返せないですね。

 

仕方ないですねー、「急がば回れ」ということですね。
飲んでいる薬をゼロにするスケジュールはちょっと先になってしまいますが、
のんびり続けていきます。

 

 

あ、いいこともう一つありましたね。
サッカー日本代表の勝利!しかも小笠原ゴール!やった!岩手の誇り!
小笠原Tシャツ(入院中に友人がくれた)を着て最後まで応援していたので現在
寝不足で目が赤いです・・・
  
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2005年02月02日

個室でのよろこび!

個室にいるときには、まだようやく生着にたどりついたくらいで体のあちこち
がだるかったり皮膚がおかしくなっていたりだし、点滴は24時間つながって
いるし、で正直快適な生活が送れたわけじゃなかったけど、すごく心に残って
いるよろこび、というのがありました。

 

ひとつは、無菌室を出て個室に移ったときのこと!
それまで閉じこもった空間にいて、面会もガラス越しにしかできなかったのが、
おなじ空間、空気のところに、毎日来てくれている妻がいる!!というのが
とてつもなく嬉しかった。その日の日記には、「自分でもおどろくほど、昨日と
自分の様子、声の張りがちがうので、自分でもおどろいてしまった。」

 

・・・興奮して同じコトを2回書いてますね。
それくらい、無菌室での最後のほうは精神的につらかったし、無菌室を出て
気持ちが開放的になって元気になった、ということだと思います。

 

もうひとつは、娘が個室に来てくれたときのこと!
本当は、病棟じたい、子どもが入るのがNGなので、ほんのちょっとだけ顔を
見る、という形で、個室に妻や両親とともに来てもらいました。
そうしたら、よちよち歩きを始めたばかりの娘が、プーさんのぬいぐるみを
抱えると、とことこと普段は会っていない父親のほうに歩き出して、「これ
あげる」と言わんばかりに渡そうとしてくれたんです。まだ赤ちゃんだし
直接触れるのは怖いから私の父があわててここまでだよって止めたんですが、
もう本能で動くその姿がすげーかわいくて、「あーしばらく会っていなくても、
姿が変わってしまってもパパってわかるんだ〜」とちょっとした感動を覚えました。
  
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2005年01月31日

「ドナー登録者の増加」を見てググってみた

週末、Yahoo!トピックスで、2004年の骨髄移植の提供者(ドナー)登録

人数が2万8千人あまりで、過去最高だったとのニュースが紹介されて

いました。

 

セカチューも後押し 骨髄提供者登録、過去最高

 

本当にありがたいことです。私の場合には、最終的には骨髄バンクを

通じての移植ではなく妹からの移植でしたが、まわりには骨髄バンクを

通して造血幹細胞を提供してもらい移植している方もいらっしゃいますので

決してひとごとではありません。

 

誤解を恐れずに言うと、ドナーになるというのは、デメリットこそあれメリット

はありません。麻酔をすることによるリスクなんかだけがあるんですね。

それでも、私のように血液の病気になってしまった患者のために、骨髄

を提供してくださる、というのはよほどの思いがないとなかなかできない

ことだと思います。

 

治療中、輸血も何度もしたので、その血液を提供してくれた献血をして

くださる多くの方への思いにも共通しますが、ドナー登録をしてくれるだけ

で、その行動というか、思いには感謝感謝の気持ちでいっぱいです。

 

ついでに、Google News (最近便利でよく使ってます!)で「骨髄提供者」

と検索してみたら、いくつか気になるニュースが。


骨髄提供希望者(ドナー)登録受付を都庁舎で実施します


あ、今日やってるんですね。都庁にどれくらい人が来てくれるのかな?

ある女性陶芸家の圧倒的な生きざまが感動を呼ぶ『火火(ひび)』


「いわゆる、難病ものの悲しい悲しい物語、映画館に泣きに行く映画で
はない。」とあるので、いつか見てみたいかな。キャストに、吉井怜が
含まれてましたが、どういう役なんだろ。

  
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2005年01月30日

無菌室から一般病棟へ

無菌室にいた期間は、結局3週間くらいでした。いまから考えるとたったの
3週間、という気がするんだけど、自分にとっては濃密というか、とても
長く感じる時間だったな〜と振り返ってみてあらためて思います。

普通、無菌室から一般病棟に移るには、ドナーの造血幹細胞が生着している
(採血の結果、好中球が3日連続で500を超えている)というのが必要
ですが、私の場合、早く無菌室を出たいという訴えをしていたこともあるの
でしょう、厳密には生着となる前に、無菌室を出て一般病棟の個室に移り
ました。また、無菌室は東大病院では8室あるのですが、それが他の患者さん
の治療の都合上一杯になったりすると、少し早めに無菌室を出ることに
なる場合もあるそうです。

 

一般病棟に移ってからも数週間は、個室です。これは、まだ白血球が少ない
ために大部屋に戻るまでの措置という感じです。でも、中には無菌室から
直接大部屋に出る、という場合もあったそうです。

 

造血幹細胞移植を終えたあとで重要なのは、
・抗がん剤の副作用(下痢、口内炎、発熱など)への対策
・急性GVHD(ドナーの細胞が患者の体を攻撃する)への対策
となります。

 

GVHDについては、詳しくこれから書いていきますが、移植直後の状態では
急性GVHD(移植直後のGVHD)をなくすために、免疫抑制剤という薬を24時間
ずっと点滴ですこーしずつ流していきます。つまり、夜中であろうといつで
あろうと、CVから点滴のラインがずっとつながったままになるんです。
体が開放されるのはシャワー浴のときだけ。あとはラインと点滴台がつなが
りっぱなしで移動するにしてもコンセントを抜きさししたり、正直うざい。

 

また抵抗力が極端に少ない状態なので、ベッドにはアイソレーターという、
きれいな空気を流すでっかい壁みたいな機械が取り付けられます。慣れて
しまいますけど、ずっと空気が頭から流れてくるので、うるさい。

 

だから個室での生活が快適かというと、そんなによかった気がしないのだけど、
でも個室に移って嬉しいこともいくつかありました。それは次回。
  
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2005年01月25日

メンタル面では・・・

無菌室というのは、普段日常で暮らしている空間と比べると、とても特殊な
空間です。清潔を保つためにいろんな器具があったり常に空気がボーっと
流れていたり、ガラス張りだったり、自分自身も体力が落ちてしまって
へろへろだったり・・・。人によっては、無菌室はまわりに気兼ねしなくて
好きに本読んだりゲームしたりできるからいいな、という人もいます。
でも、私にとっては、閉じ込められているという気持ちが抜けなくて、
とてもとても辛い時間でした。いま考えてみると、無菌室の中にいた時間と
いうのは、1ヶ月もいなくて、入院期間全体からするとほんの一部だけとい
う考え方もできるんですけどね。でもすごく無菌室での時間は濃かったと
いうか、自分にとってとても忘れられない、精神的なつらさがありました。

 

一番は、妻や娘など、家族と思うように触れられない、というのがあったと
思います。白血病になってしまった以上、重要な治療の時には感染の危険の
ある何にも触れられないので、贅沢といえば贅沢なのだけど、そしてガラス越し
でも姿を見て内線でおしゃべりすることはできるのだけど、それでもガラス
1枚へだてたところでの距離がとても遠く感じて、すごくしんどいな、と
思っていました。きっと、見守る家族も、無菌室の中にいる私に対して外から
見守るしかない、という辛さをとても感じていたのだと思います。

 

は、恥ずかしい話ですが、移植をして3週間くらいでしょうか、スピッツの
ベストアルバムの中の「君が思い出になる前に」を聴いていたら、すごくなんか
いろんなことを考えて頭の中がぐじゃぐじゃになって、すごいおお泣きして
しまい、しかもそれを看護師さんに見つかってしまい、かなり心配そうに
「大丈夫ですか〜?」と聞かれてしまいました。30になろうとしている大の
大人が・・・と今でも恥ずかしいよ。でもあの時は、かなり精神的に参って
しまっていたのは事実だな〜。結局、それから数日もしないうちに、無菌室を
でて個室に移ることになりました。まだ正式には、正着していないのに。
(きっと、目撃した看護師さんが、あの患者さん早く無菌室から出したほうが
いいですよと意見したのだろうと予測!)

 

↓このアルバムで号泣

RECYCLE Greatest Hits of SPITZ

ついでにいうと、東大病院で造血幹細胞移植を実施する場合、というよりも
無菌室に入る場合、なのかな、やはり無菌室という特殊空間に長い間治療のため
入る患者さんのメンタル面をサポートするために、心療内科の先生も患者に
ついてくれて、毎日ではないですが何日かに一度お話をしにきてくれたり、
夜眠れなければ、眠剤(睡眠薬)を適宜処方してくれたりします。心療内科の
先生の診察そのものというよりも、そういう体制をとってくれている、という
ところが安心材料としてはありました。

  
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2005年01月22日

無菌室での辛かった思い出

タイトルがなんか小学生の作文みたいになりましたけど・・・
気にせずに読んでください。

 

無菌室で大変だった症状を、ランク付けしてみることにしました。

1位 試しにご飯を食べてみたら吐いて吐いて寝られなかった夜
2位 切れて傷ついたおしりに容赦なく繰り返す下痢
3位 血豆のように舌にできたりして口が腫れあがるほどの口内炎
その他 熱とか、だるいとか。

 

1位について
これは移植後2週間位の時のことです。移植前くらいから、抗がん剤を
使ったりしてだるい、口内炎ができてしまう、などで食欲もないし
口も痛いしで、無理に食事はとらなくなります。CVを通して栄養を
点滴で入れるような形になります。しばらくは、それで充分生きる
ことができるんですね。最初聞いたときは「飯食わなくてやって
いけるの?」と思ったものですが、逆に飯なんか食えないです。
無菌室の中では。そして無理をしてはいけないという教訓を与えて
くれた出来事が、この日のことです。なんとなくそろそろ食事を
とってもいいかなーとか思って、おかゆとおかずを夕食に出して
もらい、おかずの川魚も食べてしまいました。しかし、今まで数週間
もなにも食べ物が入ってきていなかった胃ですから、驚くのは
当然、食べて1時間もしないうちに食べたものはすべて吐いて
しまいました。そしてここからが本当の試練!!夜の間中、ずーー
っと吐き気が収まらないのだ・・・もう途中からは吐く液体も
なくなって、おえっとえづくだけになってしまい・・・そのおかげ
で夜中も多分4時くらいまでは眠れなくて、何度もナースコールで
深夜勤の看護師さんを呼び出して「なんとかしてくださ〜い」と
困らせる始末。(すみませんでした・・・)あの晩のつらさを思い出すと、

たいていの事は乗り越えられそうな、それくらい辛い一日でした。

 

2位について
主に移植後ですが、下痢がひどくなります。そしておしりに傷が
なければなんとか大丈夫なんですけど、やっぱりというか案の定
というか、傷ができちゃったんですね。そういうところから感染
するリスクがあるから、塗り薬を塗ったりもします。ウォシュレット
を使うんですが、水が当たるのも痛い。下痢をするのも、しみて
痛い。それでも、ひどい時には30分〜1時間に一度下痢はやって
くる。本当にベッドから便器まで移動するのがいやでいやで仕方が
なかった。ひどくなってきたときには、モルヒネを使いました。
もちろん、先生の管理のもと、適正な量だけしか投与できないような
形になっていますが。それでなんとか我慢ができたところがあります。

 

3位について
移植後に使用するメソトレキセートという薬で、口の中が腫れます。
口内炎のパレードです。予防策として、イソジンやらアズノールやら
いわゆるうがい薬をつかって、こまめにうがいするんですが、それでも
できちゃうものはできちゃう。一番びっくりしたのは、舌にできた
血豆みたいなでっかいやつ。真っ赤な玉が舌の上でどかーんと鎮座
しているみたいな!思わずガラス越しに妻に「うぇうぇ(これこれ)」
とかいいながら見せてしまいました。口内炎って人に見せたくなり
ますよね。見せられるほうはどうでもいいんだけど。で、口とかあご
とかが腫れて熱くなるので、アイスノンベルトを首とかあごのあたりに
巻いたりして、おたふく患者のようになっていました。痛み自体は
それほどでもなかったけど、あれだけあごと口の中が腫れたことは
ないので、思い出です。

 

さて、辛かったことというのは、こういう症状のことだけではありま
せんでした。次回、メンタル編を書きたいと思います。
  
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2005年01月20日

移植当日(2004年5月x日)

私の造血幹細胞移植は、2004年5月に行われました。すでに3月に
妹が1週間入院して、成分献血のような形で(実際はそれよりもっと大掛
かりで大変ですが)造血幹細胞を採取してくれていて、それを凍結保存
していたので、その造血幹細胞を常温に戻して、輸血のようにCVから
私のからだの中に送り込みます。


よく言われたのが、「移植手術」ということですが、造血幹細胞移植
(骨髄移植)の場合には、手術はしません。臓器移植の場合は手術
ですが、血液疾患での移植なので、手術というより輸血に近い形だと
思っていただいたほうが正確です。
繰り返しますが、手術じゃないですよ〜。


素朴な疑問として、造血幹細胞は輸血のように血管に送り込んで、
どうやって骨髄の中に落ち着くの?というのがあったのですが、先生に
質問したところ、「しばらく時間がたったら、本来あるべき場所に落ち着き
ます」ということでした。つまり、ドナーの造血幹細胞は、CVから心臓近く
の太い静脈を通って血管の中に入り込み、いずれ骨髄の中に入り込んで
落ち着く(生着する)ということです。 生着というのは、ドナーの造血幹細胞
が患者の骨髄の中で正常な造血を始めることで、具体的な指標としては、
白血球のなかの好中球という成分が、3日連続500以上になった初日を
生着日としているそうです。これが来るのが本当に待ち遠しかったもので
す・・・私の場合には、移植後20日程で生着となりました。


さて移植当日ですが、予定していた午後には、病棟責任者の先生、
オーベンの先生、中ベンの先生、研修医の先生、担当の看護師さん
など、ほぼ全ての人が部屋にきて勢ぞろいです。

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2005年01月19日

移植に際しての抗がん剤投与

移植に際して、自分の骨髄の中の造血幹細胞(もう正常な造血が
できなくなってしまった細胞)を死滅させるために、放射線照射
をする、と説明しましたが、同時に、無菌室に入室してから
抗がん剤も投与します。要は、放射線と抗がん剤のダブルパンチで
悪い細胞をすべて空っぽにして、ドナーの細胞を骨髄に送り込む、
というイメージです。

 

ここで使用した抗がん剤はエンドキサンといって、その効果は
かなりな強力ものなのだそうです。ということは当然その副作用も
しかり、ということで、最初の治療で用いた抗がん剤に比べると
数倍から10倍くらい強い薬なんだ、ってことを別の患者さん
から聞きました。本当かどうかはわかりませんけど。
でも確かに副作用というか、体のだるさであったり、口内炎で
あったり、そういうのはかなり出ます。それについては後ほど
詳しく述べようと思いますが、目に見えてああ強い副作用だな、
と感じるのは、脱毛です。

 

最初の化学療法では、まだ抜けにくい体毛が残ったりしていまし
たが、このエンドキサンを投与してしばらくしたら、本当に
全身がつるつる、って感じになりました。無菌室の中も、ちょっと
うごくだけでいろんな毛が抜け落ちるので、掃除の方に申し訳ない
気分になってしまったり・・・。ちなみに、血液内科の場合、一般
病棟の大部屋ではみんながおなじ頭(つまりハゲまたは坊主)で
あることが多いため、退院してから久しぶりにお会いすると、
「あれっ印象違うな」と思うことしばしばです。ほんと、笑っ
ちゃうくらい同じ頭ですから。

 

補足ですが、移植を実施した後には、抗がん剤+免疫抑制剤という
作用のために、メソトレキセートという強い薬も投与しました。
これは、副作用として、がつんと口内炎がきます。きました。
そういった、無菌室でのつらい症状についてはまたのちほど。
  
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2005年01月17日

命をつなぐもの=CV

造血幹細胞移植をするに当たって長い付き合いになるのが、
CVと呼んでいる、管です。
正式には、「中心静脈カテーテル挿入」といいます。
これは肩甲骨のあたりから差し込んで心臓の近くの太い血管に
いろんなものを流し込むことができるようにする器具です。CV


 


 


 



最初の頃の化学療法では、手首のあたりの血管に簡単な点滴用
の器具を挿していたので間に合っていましたが、輸血や栄養補給や
移植となると、太い血管に流し込む必要があるため、CVを取り付けます。

移植の数週間前、私の場合には5月中旬の移植だったのですが、
ゴールデンウィーク前の4月末に、CV挿入が行われました。それが
大変だったこと!体の痛みでいったら一番だったかもしれません。

というのも、本来は局部麻酔を打って、挿入して、止めるという作業に
30分程度で終わるものが、胸のあたりの骨、肋骨?の隙間が狭い
とかいうことで、なかなかうまいこと目的の血管にたどり着かない
らしく、何度も何度も先生がやり直したんです。最初は研修医の先生、
その次にその上の中ベンの先生、そしてそれでもダメで別の中ベンの
先生、と変わって最終的に2時間半以上、CV挿入にかかりました。
その間、麻酔を打つこと10回以上(だったらしい)、もう途中からは
かなり直接痛みも感じるようになってしまって、正直つらかったです。

しかし、このCVは、本当に大事なものです。
抗がん剤やその他の薬を点滴で入れるときだけでなく、移植そのもの
をおこなう時造血幹細胞を流したり、無菌室で食事が取れない状態で
栄養をここからとったり、もう命をつなぐ器具といっても過言では
ありません。だから、CV挿入で手間取っても、またあとで、とかは
いえないんですよね。なんとか我慢して無事挿入ができた時には
ほっとしました。

このCVとは、移植をして無菌室を出て、退院する前まで数ヶ月の
お付き合いになります。その間、風呂やシャワーに入るときには
その都度看護師さんに濡れないように防水のシールとかで覆って
もらわなきゃいけないので、それはお互い面倒ですが、それは
仕方ないですね。

退院も近くなった頃、このCVを先生に抜いてもらいましたが、無理を
言って、記念にということで頂いてきちゃいました。きっと、この
移植を影で支えた最大の功労者であり、(挿入するときの苦労で)一番
やっかいなやつだったな、ということで。


agreementおまけ:こんな感じで何かをするときには
「同意書」をよく読んでサインをします。
その数、膨大ですっ

  
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2005年01月13日

無菌室での生活

造血幹細胞移植の前処置(3日間の放射線照射)が終わると、いよいよ
無菌室に入ることになります。放射線の最終日に入るケースもあります
が、私は最終日に具合が悪かったこともあって、放射線最終日の翌日
午前中に無菌室に入りました。

 

実は、放射線照射の最終日は、妻の誕生日でもありました。ずっと毎日
病院まで通ってきてくれている妻にはなにか贈り物をしたいと考えて
いたのですが、この体ですから、できることは限られています。
結局、下の売店で花束を作ってもらい、(病棟は感染防止のため生花
を持ち込めないので)ラウンジ(休憩スペース)で渡しました。
今考えてみると、放射線照射している身ですから、自分の体力、感染
リスクにさらされた体で花を贈ったのは思い切ったことだなぁと
思います。何事もなくてよかった・・・一般的にはおすすめできない
かも!でも妻が涙ぐんで喜んでくれたので嬉しかった!

 

 

さて、本題です。

 

 
mukin  続きを読む
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2005年01月07日

造血幹細胞移植の前処置(放射線治療)について

移植をする前には、前処置というのを、きちんとしなくてはなりません。

 

まずは、体が移植できる状態にあるかどうかチェックするための数々の
検査。耳鼻科で鼻炎がないか、歯医者で感染のもとになる虫歯がないか、
エコーやCTで内臓に問題がないか、肛門科で痔がないか、などいろんな
ことを調べます。ちょっとくらいなら大丈夫ですが、ここで治療をして
おかないと、無菌室の中で感染したりして命取りになったりするので、
詳しくチェックをするのだそうです。

 

私の場合には、すっかり横向きに生えてしまった親知らずがちょっと
問題だったのだけど、それを抜くにはあごを削るとかしなくてはいけ
なくて、かえって移植時の感染のリスクを高めてしまうということで
治療は見送り。結局今も横に生えた親知らずはそのままです。
あと、肛門科の診察は痛かった!何も言わず肛門にどがーんと棒か
なにかが入ってきたからね、「んぐう」と声が出てしまいました。
「ちょっと痔の種みたいのあるけどま、大丈夫でしょう」ということ
になったのですが、これが無菌室での苦しみの伏線となるんです・・・

 

そしてもっとも大きな前処置というと、放射線照射(TBI)です。
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2004年12月28日

造血幹細胞移植によるリスク

最近では、骨髄移植をおこなえば白血病は治る、みたいな認識もあるかも
しれませんが、必ずしもそうじゃないです。もちろん、数十年という単位
で見ると、治療成績は格段に進歩しているそうです。とはいっても、
移植=完治という図式が簡単にあてはまるほどくみし易い相手ではあり
ません。

造血幹細胞移植にはさまざまなリスクが伴います。

 
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2004年12月27日

造血幹細胞移植という選択

私の病気が慢性骨髄性白血病とわかり、その病気の進行が、急性転化

期という最終段階で発見されたという時点で、化学療法のみの完治は

望めない、ということがわかっていました。
先生方もそのことを丁寧に説明してくださり、ある程度初期の段階で、
造血幹細胞移植を実施する、ということが自分も家族も覚悟というか、

現実的な判断でした。

というより、治るにはそれしか方法がないんだから、選択肢はないですね。
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2004年12月26日

造血幹細胞移植の前提条件と、crambonの場合

造血幹細胞移植は、ドナーにも、また患者にもおおきな負担を要求する
治療法なので、まずは双方が十分な体力を持っていて、他の内臓などに
問題がないことが大前提となります。
それを確認するために、患者の私は、CTやMRIを撮ったり、肛門に痔が
ないか調べたり、歯医者にかかったり、耳鼻科にかかったり、いろいろと
調べ上げました。最終的には、特に問題がなく移植はできたのですが、
やはり年齢が上がってくると、このうちどれかでひっかかる可能性も
ありますし、変な話、いままで健康体で来ましたから、その体力がある
若いうちに移植ができたというのは、よかったことかもしれません。

 

で、一番大事なのが、HLAと呼ばれる白血球の型です。

 
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2004年12月24日

造血幹細胞移植とは

白血病では、骨髄の中にある造血幹細胞が成長して
白血球や赤血球や血小板になっていく過程またはそのおおもとで、異常が
発生して、正常な血液成分が造血されない、という問題が生じています。

 

化学療法で、がん化した白血病細胞をやっつけたとしても、その細胞の
絶対数がゼロになることはなく、化学療法をやめてしばらくすると必ず
白血病が再発します。
(化学療法だけで完治する白血病もあると聞いたので、すべてではない
と思いますが)

 

そこで、造血機能を担う、骨髄の中の自分の造血幹細胞を、新しいもの
に取り替えて、正常な造血機能を取り戻そうというのが、
造血幹細胞移植です。
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