その日のまえに
病気になる前の生活のなかでは、仕事に関係するビジネス書であったり、
興味の趣くままにパソコンや機械ものの本を読んだり、そんな読書を
してきました。
そういう意味では、白血病にならなければ、
重松清のこの作品のように、家族や、その死に直面する問題を扱った
小説は、そもそも出会わなかったかもしれないし、出会ったとしても、
今回読み終えたときのような、ぐぐっと胸を詰まるような感覚を覚える
ことも、なかったのかもしれません。
その日のまえに
病気になる前の生活のなかでは、仕事に関係するビジネス書であったり、
興味の趣くままにパソコンや機械ものの本を読んだり、そんな読書を
してきました。
そういう意味では、白血病にならなければ、
重松清のこの作品のように、家族や、その死に直面する問題を扱った
小説は、そもそも出会わなかったかもしれないし、出会ったとしても、
今回読み終えたときのような、ぐぐっと胸を詰まるような感覚を覚える
ことも、なかったのかもしれません。
「その日」というのは、家族の、大切な人が、亡くなってしまう日のこと。
「その日」は、必ず、誰にでも訪れるものです。
でもある日突然、「その日」までの時間が数ヶ月しかないと言われたら?
そこに向かって、告知された自分はどのように考えてどのように
残された時間を過ごすのか?一番そばにいる、家族はどんな思いで
それを見守るのか?
私は、これを読んで、いろんな想定をしました。
まさに物語で展開されている家族と同じ境遇の方を知っていますし、
もし自分の家族にこれと同じ状況が生まれたら、とか、
もしかしたら、自分自身がすでに「その日」を迎えていたのかもしれない、
とか。
そんな風に読んでいくと、本を持つ手が震えて、胸の辺りがかーっと熱く
なる感覚を覚えて、涙がこぼれそうでした。
重松清の作品は、ほかに「流星ワゴン」と「見張り塔からずっと」を
読んでいますが、いずれにしても、どの家族でも直面するような、
かつ重く暗い問題を的確に描写しています。
でも逆に、重松作品を読むことで、日々の生活を続けていく上で
きれいごとだったり理想ばっかりを体現できるわけじゃない部分を
肯定できるような気がして、合点がいくような感覚を持ちます。
麻木久仁子さんは文藝春秋 01月号 でこの作品を評し、
どうやらこの小説は私の心の底に、小さなアンカーを打ち込んで
しまったらしい。せわしない日常を漂う折々に、そのアンカーから
のびた細い鎖が「くっ」と私を引き寄せるような予感がする
と表現しています。
これを言い得て妙、と感じることができるのも、
自分が「その日」を身近に感じる体験をしてきたからか。
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