深夜特急と苦い思い出
ヤクルト古田選手のブログをのぞいてみたら、次に読むことが義務付け
られている本として、深夜特急の写真が載ってました。しみじみ思うこと
があるんですけど、自分は20代で2回、命を落としかけて生き延びたな
〜と。2回目はもちろん今回の病気ですけど、1回目は、この沢木耕太郎
の深夜特急が絡む苦い思い出。

深夜特急〈1〉香港・マカオ ←文庫本で1巻から6巻まであります。
劇的紀行 深夜特急 ←DVDになってました!欲しい!
学生時代の最後の卒業旅行で、そう、ちょうど今の時期ですね、7年前だ、
サークルの同期のYs君とエジプト、ギリシャ、トルコ周遊2週間という
旅に出ました。当時、ルクソールで日本人新婚カップルが襲われる事件の
直後で観光客が激減して、エジプト航空がFixだけど航空運賃が5万円台
の激安だったんです。
ところが、トルコで友人と別行動をとってひとり訪れた内陸部の観光地
で、私は睡眠薬強盗の被害に遭いました。自称カナダ人のバックパッカー
と仲良くなって意気投合したつもりが、じゃあホテルの部屋で飲もうよ
となってトルコ名産のラクというお酒を一杯飲んだら記憶がプツリ。
気づいたら、もう次の日の昼を過ぎていて、ホテルのベッドに大の字に
なって寝ていました。頭ががんがんしてふらふらして歩くこともまま
ならず、やっとの思いでフロントで二人組についての情報を得ようとするが
知らないわかんないの一点張り。結局、警察に届けるということも
思いつかないまま、再びベッドにダウン。
後で聞いたら、きっとハルシオンを入れられたんだよ、ということだった
んですが、40℃の酒と睡眠薬で放置されたのが屋外だったら、命も危ない
ところだったなーとぞっとしました。変な話、金目のものだけが目当てで
怪我もしなかったからまだよかったのかな、と。
本当に高い勉強代を払うことになってしまいました。
もともと友人と別行動をとった理由は、自分が深夜特急を読んで、非効率
でもいいからバスを乗り継いでトルコの内陸部を回って来たいな、という
思いからでした。リーズナブルなパックで観光地を回ることを主張した
友人とは、それで別行動にしたんです。考えてみればそっちに行っていれば
決して危険な目には遭わなかっただろうし、お金を取られることもなかった
と思いますが、ま、自分がどれだけまだ頼りなくてちっぽけな存在であるか
をはっきり自覚していいようのない情けなさを感じることができた経験
として、よい勉強だったかな、とも思います。助かったからいえるんだけど。
当時の私をこんな行動に駆り立てた深夜特急、とても面白い作品でした。古田選手が
読んだらどんな感想が出てくるのかな、と楽しみです。沢木耕太郎の深夜特急
をベースにして、大沢たかおが同じルートをたどる映像も確かありましたよね。
そっちもとても良くて、その旅行から帰ってきてビデオに録画してた映像を
ひとり部屋でぼーっと見返していたのを覚えてます。
そうそう、金目のものを盗られてどうやってイスタンブールまで帰ってきた
かなんですが、ホテルのフロントは事情を聞いてじゃこれで帰れと電車の切符
をくれました。すんごい感謝したんだけど、後で聞いたらフロントも二人組と
ぐるだったのかもね、と。今となっては真相分からないですけど。
すっごい粗末な木でできたコンパートメントの客車に揺られて一晩かけて
イスタンブールまで。深夜特急ならぬ、深夜鈍行・・・・・
一緒に座った自分より年下の男の子が英語で話をしたら
親切にもパンをくれて、むちゃくちゃ嬉しかった。彼の親切心に触れて、
朝方のまぶしい景色を見ていたら、ぼろぼろ涙が出てきてしまった。
結局、アジア側に到着した列車を降りたものの、ヨーロッパ側に渡る
フェリーの運賃(30円くらい)さえなくて、ここでも彼の親切に
甘えることに。別れるとき、残っていた荷物でもっともマトモだった
コンパクト型英和辞典をお礼に受け取ってもらいました。これ見れば
あんな日本人がいたな、と思い出すかもと思って。
話がかなりかなり脱線してしまいました。
そう、そろそろ慢性GVHDのお話に移りたいと思います。
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